9.隆子女王の墓

隆子女王の墓  たかこじょおうのはか
〜人里離れた緑の中で、悲しみをたたえる、隆子女王の墓〜

天皇の崩御や譲位、肉親が亡くなるなどの不幸があると斎王は任を解かれます。これを退下といいま す。斎王は本座から退き、別の建物に座を移しました。そして、都へ帰る際、理由が天皇譲位の場合は往路と同じ鈴鹿峠・近江路を通り、不幸な理由(凶事)の場合は、伊賀・大和路を通ったといいます。いずれも難波津(現在の大阪市)で禊を行った後 、密かに入京したそうです。

円融天皇の代の斎王として伊勢に遣わされた醍醐天皇の孫女・隆子女王は、在位わずか4年で病死 しました。斎王が斎宮で亡くなるのは初めてのことで、手厚く葬られたことは想像に難くありません。隆子女王が眠るとされる墓(宮内庁管理)は、深い木々の中で清楚なたたずまいを見せており 、1000年 を経てなお悲しみをたたえた空気に包まれています。

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